「光速には追いつけない」。物理の授業でそう習う。理由を訊くと、たいてい「速くなるほど質量が重くなって、加速しにくくなるから」と返ってくる。間違いではない。でも、これはあまり美しくない。もっと本質に近い見方があって、しかもそれは、君がこれから自分の手で導ける。
一つの思考実験から始めよう。物理の入試問題だと思って読んでほしい。
問 題
宇宙空間に、質量 $m_0$ の球がある。この球は、自分自身の質量を少しずつ削り、 $E=mc^2$ の関係式で運動エネルギーに変えて飛んでいく
球が自分を削り尽くしたとき、その速さはいくらになるだろう?
問 題
質量 $m_0$ の球が、宇宙空間に静止している。この球には物質と反物質が半分ずつ詰まっていて、内部で対消滅させると純粋な光(ガンマ線)が生じる。球はその光を真後ろへ噴射し、反動で前へ加速する。
球が質量を使い尽くしたとき、その速度はいくらになるか。
ただし球全体が燃料であり、燃え残る船体や積荷はない。
解くために必要な道具は、物理好きの高校生が理解可能な範囲でぜんぶ揃っている。使う量を先に並べておこう。すべて、最初に球が静止していた基準系で測る。
| $c$ | 光速(定数) |
|---|---|
| $m_0$ | 球の初期質量($t=0$ で静止している) |
| $m$ | ある瞬間の球の残り質量 |
| $\mu = m/m_0$ | 残り質量の割合($1$ から $0$ へ減っていく) |
| $\beta = v/c$ | 球の速さ(光速の何倍か) |
| $\gamma = 1/\sqrt{1-\beta^2}$ | ローレンツ因子 |
相対論での球のエネルギーは $E=\gamma mc^2$、運動量は $p=\gamma m\beta c$。噴き出す光については、エネルギー $E_\gamma$ と運動量 $E_\gamma/c$ の関係を使う。用意はこれだけ。では解いてみてほしい。
A君のあやうい解答
まずは軽く解いてみたというA君。エネルギーは保存するはずだ。最初、球は静止していて、そのエネルギーは $E=m_0c^2$。加速したあとも系のエネルギーは変わらない。だから、いつでも $\gamma mc^2 = m_0c^2$ が成り立つ。ここから、
$\gamma = 1/\sqrt{1-\beta^2}$ と見比べれば $\sqrt{1-\beta^2} = \mu$、つまり、
できた。$\mu \to 0$、すなわち質量を使い切ると $\beta \to 1$。速度は光速に収束する。式もすっきりしている。——さて。
皆さんは、こんな解答で満足しませんよね?
これは、$E=mc^2$ を本気で受け止めた人ほど踏む、筋の良いミスだ。「質量がエネルギーに変わるなら、そのエネルギーで加速すればいい」――発想は鋭い。見落としているのは、たった一つ。それが何か、次の幕で明らかにしよう。
運動量は、どこへ行った
さっきの解答は、エネルギー保存だけで組み立てた。物理には、独立した保存則がもう一本ある。運動量保存だ。
最初、球は静止している。だから系全体の運動量は $p=0$。ところが前の解答の最終状態では、球は速さ $\beta$ で前へ飛んでいる。その運動量は $\gamma m\beta c > 0$。
ゼロだったものが、正の値になっている。この運動量は、いったいどこから湧いてきたのか。おかしいよね。
摩擦のない氷の上に立っている自分を想像してほしい。体の中にどれだけエネルギーがあっても――筋肉でも、化学反応でも、$E=mc^2$ でも――何かを後ろへ投げない限り、重心は一ミリも動かない。前へ進むには、必ず何かを後ろへ捨てるしかない。捨てたものが持つ後ろ向きの運動量。その反動としてだけ、自分は前へ進める。
球も同じだ。前へ進んだのなら、必ず何かを後ろへ捨てている。捨てたのは、削った質量が化けた光にほかならない。第1幕の解答は、この後方へ飛び去る光の運動量を、まるごと勘定に入れ忘れていた。エネルギーの帳尻だけ合わせて、運動量の帳尻を放置していたのだ。
正しく解く
さあ、やり直そう。
今度は保存則を二本とも立てる。噴き出した光の総エネルギーを $E_\gamma$ とおく。光は真後ろ($-$方向)へ出るので、その運動量は $-E_\gamma/c$ だ。
エネルギー保存。初期の $m_0c^2$ が、球の残りエネルギー $\gamma mc^2$ と、捨てた光のエネルギー $E_\gamma$ に分かれる。
運動量保存。初期はゼロ。球の前向きの運動量 $\gamma m\beta c$ と、光の後ろ向きの運動量 $-E_\gamma/c$ が、足してゼロになる。
あとは連立するだけだ。$(2)$ を $(1)$ に代入して、正体不明だった $E_\gamma$ を消す。
両辺を $c^2$ で割って、$\gamma = \dfrac{1}{\sqrt{(1-\beta)(1+\beta)}}$ を代入する。
これを $\mu = m/m_0$ について整理すると、
最後に $\beta$ について解く。両辺を2乗して $\mu^2(1+\beta) = 1-\beta$、$\beta$ を左辺に集めて $\beta(1+\mu^2) = 1-\mu^2$。したがって、
これが、この物体の運命を支配する式だ。
$\mu$ が $1$ から $0$ へ減るにつれ $\beta$ は $0$ から単調に増え、$1$ に下から近づいていく。

結末 ―― 質量ゼロの速度
問題が問うているのは、質量を使い尽くした瞬間、つまり $\mu \to 0$ の速度だった。$(5)$ に入れる。
質量を持たなくなった球の速度の収束値は、ちょうど光速 $c$ である。
なぜ $c$ ぴったりで、$c$ 未満でも $c$ 超でもないのか。質量ゼロの粒子は、エネルギーと運動量の関係式 $E^2 = (pc)^2 + (mc^2)^2$ に $m=0$ を入れて $E = pc$ を満たす。この関係を満たす存在は、相対論の要請により、常に $c$ でしか走れない。止まることも、$0.9c$ で漂うこともできない。存在すること自体が、光速で動くことと同義なのだ。だから収束先は $c$ に一つに決まる。
ここで、第1幕のあやうい解答を思い出してほしい。あれも $\mu \to 0$ で $\beta \to 1$ に行き着いた。結末は、正しい解答と同じだった。ではなぜ、わざわざ運動量まで立てて解き直したのか。その意味は、最後の幕でわかる。
半分は、置いてきた
正しい式を手にした今、もう一つ問える。削った質量のエネルギーは、どこへ行ったのか。球自身に残るエネルギー $\gamma mc^2$ を、第3幕で得た $m_0 = \gamma m(1+\beta)$ から求めてみよう。
前へ飛んでいく光が運ぶエネルギーは、元の静止エネルギー $m_0c^2$ の、きっかり半分だ。残りの半分 $m_0c^2/2$ は、後方へ噴いた排気の光として、宇宙に置き去りにされている。
速度は $100\%$ 光速に届く。だがエネルギーは、半分しか前へ行かない。もう半分は、加速の代金として後ろに捨てられている。
この認識は、A君の解答からは絶対に出てこない数字だ。エネルギー保存だけで解いた者は、$\beta \to 1$ という結末には辿り着けても、「半分は置いてきた」という真実にはたどり着けない。運動量まで正しく立てた者だけが、この表式を得る。
全力で何かに到達したとき、到達した自分は出発点の半分しか残っていない――
少し切ない話である。
保存量は、全部同時に立てろ
この問題でA君(あるいは第1幕の解答)がつまずいたのは、保存量が複数あるのに、一つだけで満足してしまったことだった。エネルギーは保存する。だが運動量も、独立に、同時に保存する。片方だけを立てて組んだ答えは、一見きれいに解けても、どこかで必ず綻ぶ。
これは相対論に限った話ではない。力学の二体衝突でも、電磁気でも、この先ずっと効く原則だ。相対論という派手な舞台でA君がうっかり忘れたのは、実のところ、力学の初歩で叩き込まれるはずの躾――「使える保存則は、全部同時に書け」――そのものだった。派手な問題ほど、基本が活きてくる。
大学で待っている
今日は保存則を代入で連立して $(5)$ を導いた。高校の道具だけで完全に追える、正攻法だ。だが、もし君が双曲線関数 $\tanh$ を知っているなら――あるいは大学で出会うなら――この問題はもっと驚くほど簡潔な姿を見せる。
速度を $\beta = \tanh\phi$ という量 $\phi$(ラピディティと呼ぶ)で表すと、残り質量の割合はなんと $\mu = e^{-\phi}$ という指数関数になる。加速を重ねることは $\phi$ の足し算になり、多段ロケットも、行って戻る往復も、ただの加減算で扱えてしまう。$(5)$ の背後に隠れていた構造が、一気に見通せるようになる。
その導出は、ここには書かない。大学で待っている。





