2013年12月18日水曜日

グローバル化と国際化の違いについて



グローバル化国際化

よく語られる割には、意外と曖昧なこの二つ。
一般的には

・グローバル化とは、国境をなくしてしまうことで、
・国際化とは、国同士が相互に交流すること

だそうだ。ちょっと考察してみたい。




 グローバリゼーションとは  


いわゆるグローバル企業とは、世界共通の商品やサービスを提供することで
一気にビジネスを展開していく。
「規模の経済」から言ってコスト面で安かったり、
均質なサービスを安心して受けられるメリットがある。

ただ、実質的に現在それは、アメリカの流儀に合わせることになっている。

グローバリズムとは国境を無効化するという発想が根底なので、無国籍でアナーキーなものになりがちで、浅はかな場合は、他文化の破壊主義や無法化にすすむ。

>>例:イスラムへの介入やイラク戦争、タックスヘイブン企業

つまりは、文化的(土着的に)に根無し草なのだ。

憶測ではあるが、それだからユダヤ系がグローバル舞台で今も強いのかもしれない、そして、歴史の短いアメリカが強い。




  国際化とは   


国際化とは、国境をもった国(国民)同士が、相互に交流すること。
出入りできる関係を構築すること
その中で各国が、自国(我々でいえば日本)のルールを自信を持って伝え広めていくこと

つまり、国際化は「国境」を保持した上での行為である。
ここがグローバル化との最大の違いだ。

決して外的な、何らかのスタンダードに迎合することではない。

歴史的に見てみると、日本は明治時代に開国し、自衛のために西洋の文化を貪欲に柔軟に取り入れてきた。また、戦後になってからはGHQに合わせてきた(合わせるように仕込まれた)。

そのせいか「外国に合わせる」のが普通の感覚になってしまっている。だから、グローバル化の波にかっさらわれ、日本の強さを押し出せずに失われた20年になったのではないだろうか。

悪い癖だ。(同時に、しなやかに外来文化を取り込めるという長所でもあるのだが)





 ローカルは根切れない  

ポータルサイトのシェアトップはグローバル的には Googleだが、
各国別ではちょっと事情が異なる。

・日本:Yahoo!JAPAN(注:米国Yahooとは別物)
・中国:Baidu
・韓国:Naver

各国の「土着」のサイトが1位である。
人間は、グローバルになろうと思っても、なりきれるものでなはいのだろう。

大切なのは、国際化するときにグローバル環境を基礎におきつつ(コスト面をクリアしつつ利点を取り入れつつ)、いかに現地最適化するかだと思う。

現に、グローバルといわれる企業の中でも勝っていくのは、現地最適化ができるところだ。

例:
勝ち> セブン-イレブン、マクドナルド、amazon
負け> カルフール(日本から撤退)、HSBC(日本から撤退)

この、階層の構造は
国際社会 (グローバル)対 国家(ローカル)
国(セントラル,首都)対 地方(ローカル)
でも同じ構図である。

何でもアメリカ標準で考える必要はないし、
また、何でも東京標準で考える必要はない。

これまでグローバル化の波の中で、ローカルな企業が徐々に姿を消していきました。
今後は、ローカル化できないグローバル企業が姿を消していくでしょう。




 ローカルを外部拡張する   


ローカルなものは、自信を持って国境の外に出そう(外部拡張)。それが国際化だ。
(というか、元々グローバル化とは「アメリカのローカルの外部拡張」にすぎない)

そうしなければローカルは活性を失い、ただの既得権益の分捕り合いになって、自滅する。

日本が誇る、水道などのインフラ(のノウハウや設備)を売ろうと安倍政権が動き出しているが、それは正しい。

世界に役立てる価値は、わが日本国にはいっぱいある。例えば、「おもてなし」も、「改善(KAIZEN)」も、「ファインな技術」も。

ガラパゴス携帯(?)も、外に売りだせばいい。
電波規格さえ現地に合わせれば、シンプルに通話だけができる携帯電話のニーズはまだまだ大きい。(というか、そここそが今後20年ぐらいのボリュームゾーンでしょう。例:アフリカの新中間層)




 まとめ    



国際化

○相互尊重、相互交易。現地最適化。文化性。自国から外部に展開する自負心(Self-esteem)と活力 
✕自らを尊重せず対外的な基準に合わせること、
逆にいえば相手を尊重せず価値観を押し付けること。
画一的な価値観で済ませようとすること(グローバリズム、全部アメリカ化、普遍化、ファスト文化 )。

普遍的価値観などない(と私は思う)。
だから、イスラムは永久にアメリカには屈しないだろう。

グローバリズム=水平主義だとすれば、
これからは、自らの出自である文化を軸として、自閉せずに伸ばしながら、
他文化が縦横に編み込まれるタペストリーのようなものがいい。

誤解しないで欲しいのだが、
この記事は、グローバリズムに疑問を投げかけてはいるものの、
アメリカを批判しているわけではない。

ローカルの外部拡張に(国際化に)、最も成功しているのがアメリカということである。




--------------
(付録) 類似の論理構造で解ける問題

自由
○尊厳をもち、相互に相手の有り様を尊重する
✕権利を主張し、相手に要求を飲ませること

お金
○幸せのためのツールであり手段。価値の変換形態のひとつ
×唯物的、指標、動機目的

労働
○自己実現、しっくりくること、気持ち、利他、能力還元、愛の表現
×罰として受けるもの、給料の代わり



2013年7月18日木曜日

国家 vs 資本主義





タックスヘイブン [租税回避地] に1000兆円もの価値が、私欲で滞留している。1000兆円といえば、世界の富の4分の1、日米合計分の富に匹敵する規模だとされている




今起きていること

それら租税回避を疑われる会社名がリークされて騒ぎになっている(記事)。日本の名だたる企業名でも数多くヒットする(サイトネットの書き込み)。

今年になって、財政が逼迫している欧州がやり玉に上げ始めた。国民としての義務を果たさずグローバル化の旨みだけを享受するこの手法はもう通用しなくなるだろう。

皮肉なことに、今になって日本政府も埋蔵金を見つけたというわけだ。




未来は?

では、今後の手口(?)はどうなるのだろうか。

たぶん次のスキームは「ビットコイン」 あたりなんだろうと予測する。匿名で使えるデジタル暗号型のネット通貨だ。換金レートが変動する「株」のようなものであるが、そのまま通貨としても使える。


引用:
Bitcoinは極めて低いコストでの決済(およびマイクロペイメント)を権力機関や発行者無しで平均10分程度の待機によって可能にする。 リンク

政府も中央銀行も関係ない独自のお金だ。
ビットコインは、キプロスでまもなく世界初のATMが設置される リンク

世界最大のビットコイン取引所「Mt.Gox」を利用すると日本の銀行口座から簡単に日本円を入金できます リンク

仮想通貨Bitcoin、流通総価値が10億ドル超え リンク

すでに米司法・金融当局はネット上の送金などに使われるデジタル通貨への警戒を強めている。リンク

Bitcoin自体は今も紆余曲折の段階だ。リンク1 リンク2
類似サービスも複数生まれて、技術的にもまだまだ発展途上である。


お金じゃないから、課税のしようがない。

経済が、政府や中央銀行などといった「金融」の枠外に進んでいくのが歴史の流れなのだろう。タックスヘイブンが「国境」の枠外で税制を骨抜きにしたように。

資本主義の中心核では「資本主義」はもう変わり始めているのかもしれない。





キーワード:マイクロコマース、マイクロペイメント、




 

2013年6月17日月曜日

アクセス解析からわかること

下記は、弊社の某モバイルサービスのアクセス端末比率である。

ざっくりと比率で言うと、Android:iOS:ガラケー = 5:3:2
ガラケーの中でも、ドコモ携帯:AU携帯:Softbank携帯 = 4:2:1 のシェアになる。  





つまり

・iPhone < Android (2倍)
・ガラケーは根強く、その半分以上はドコモ

ということがわかる。
Softbank携帯あたりは3%なので、
そろそろサポートから外す企業も出てくるかもしれない。 


.

2013年1月16日水曜日

複層性の時代



帰省した田舎の商店街で気がついたのだが、

  • カメラ屋 兼 100円ショップ
  • 書店 兼 携帯ショップ
というのが新しくできていた。

いずれも、会計エリアが共通になっていて店員は同じだ。
都会ではまだ見かけないが、過疎地では増えているのかもしれない。

そりゃそうだよね。
一日に数十人くらいの客なら、同じ店員で複数店舗を回したらそれだけで経費節減だ。





いろいろ手がける時代 


何か1つに打ち込む!というと話ではわかりやすいが、人間の心理にはもともと合わなくて、いろいろ食べ合わせるのが一番であるのと同じで、興味を一つに限定する必要は無いのかもしれない。

中近世~20世紀は一つに絞る時代だった。いわば、単層性の時代。とくに戦後の高度成長=中流階級の時代はそれでよかった。

しかし、今は二極化が進んでいる。勝てば大きく負ければワープア。勝ち組であってもいつ転落するかわからない。

だったら、いろいろ手がける「複層性」のほうが

  • どれかひとつが成功すればいい
  • どれかがダメになっても他がバックアップになるので安定する
  • どれも成功しないなら、それらを束ねればアウトプットが太くなる
  • 複数をうまく組み合わせることで、競争力(他との差別化)、話題性が強固になる

のだから適している。
そして、情報化が進んだ今はそれが可能なのだ。

  • 広告や営業はホームページで代用できる
  • デジタル化で特殊な職能も不要になったものが多い
  • メールや携帯があるから、たとえば店番や電話に張り付く必要も無い
  • POSシステムを利用して在庫管理・売れ筋管理が省力化された
  • 中央で集中してやる「集約化」も進んでいる。
    例:カメラの現像や、クリーニング、弁当調理(セントラルキッチン)など

これが20世紀との違いだろう。





家電業界にあてはめてみる 


ここ数年、日本の家電業界が不景気と言われているが、重電系といわれる東芝や日立は比較的体力がある。(官公庁系や原発など、景気にあまり関係ない分野が支えているのだ)

一方、家電オンリー(部品供給も含めて)のシャープは青息吐息だ。

選択と集中という経営手法をとるためには、それ以前に複数の選択肢が無ければいけないわけで、選択も集中する余地もない単層の会社は、早々に時代に波にのまれるわけだ。


その他メモ:

  • トヨタは元々、織機の会社を複層化して、変化したもの
  • ホンダのロボット事業には期待している
  • ヤマハは複層企業の代表例だろう
  • ミスドの母体は、ダスキン
  • DHCはもともと出版の会社
  • アサヒビールの収益のもう一つの柱は健康食品
  • TBSの経営をここ数年支えているのは不動産開発(赤坂サカス)
  • ワタミの介護事業、宅配食事業





結 論  


本業の経営を圧迫しない範囲で、業態にこだわる固定観念を捨てて、いろいろ組み合わせるのがいいと思う。できれば、そこにシナジーが生まれるのが理想かと思う。

広げて、選択して、集中して、また広げるのサイクルだ。

会社じゃなくて個人ベースで言えば、
趣味でやっているものは、もしかしたら収益化できるかもと考えると、下手に会社で出世を目指すよりもっと楽しいのではないか。また、夢を捨てて就職する(または逆に、会社をやめて夢を追う)必要も無い。両方やればいいだけだ。

21世紀のわらじは、二足三足でもいい。