常識なんていうものは、変わるものなのだろう。
短縮URLサービスで思ったこと
- 数年前まで、短縮URLはセキュリティがうんぬんと誰かが言っていたものである。確かに、フィッシングサイトや危険なサイトに飛ばされることだってあるかもしれない。
- しかし今は短縮URLサービスが百花繚乱。bit.ly,goo.gl,tinyurlなどたくさん。企業サイトだって、どんどん使っている。
- 背景には、セキュリティソフトの普及もあると思うが、そもそも、短縮URLと危険サイトとの因果関係はないし、短縮URLを禁止したからって、危険が有意に減るわけでもない。
- あのセキュリティ観念は、何だったのだろうか。
最初から、メリットとデメリット、その根拠を合理的に考えればいいのだ。
そういえば、ネットマナーだって、意味のうすいものがいっぱいあった。
古いネットマナーを思い出してみる
- 信じられないだろうが、リンクを張るのに以前は
サイトの主にわざわざ許可を取っていた(笑)。 - 他人のホームページを自サイトに表示するサービスを企画した日には、以前は、とても白い目で見られた。
しかし、Googleはどうだろう。
クローラーであなたのサイトの丸ごとのコピーを
持って行っている。でも、みんな文句言わない。
そりゃそうだ。検索エンジンから人に来てもらうメリットの方が、
勝手にコピーされる不快感を上回っているからだ。
そして今や、そっちが常識になった。 - 10年前は、フレーム内で他サイトを表示するのはWebサービスでは御法度だった。
だが、今はいっぱいある。
Google翻訳、Tweetバズ、twitteurly などなど。
これも見てもらえる方が、メリットだから。 - APIの流れだってそうだろう。以前は、他者のデータを使うなど、権利の侵害だ、おまえの心は汚れていると誰かにたしなめられたものである。でもいまは、各社が積極的に使ってくれと言っている。(リクルートをはじめ、楽天、ぐるなび、アマゾン、グーグルなど)
- こうしてみると常識なんていうものに、とらわれることの無駄がわかる。
どう常識は変わったか?
- 以前の常識は、「情報が希少価値」で独占することに意義があった時代。
それに対してこれからの常識は、「ユーザー(の時間)が希少価値」というものだ。いまじゃ、無料でさえも誰も読まない雑誌とかサイトとかいっぱいあるでしょ。 - 見てもらうことに第一の価値が移った。その上で、どうレベニューをシェアするかが大切。
- 情報の価値は「独占」ではなく、「公開し共有する」ことにその意義が変わったのだ。
滅びゆく人たち
- 前々項で挙げた「古いネットマナー」は、すべてその文脈で廃れたものだ。
- ところが、したり顔で古い常識・マナーを振りかざして、人の足を引っ張ることが大好きな人間というのが一定数いる。だが、もう相手にしなくてもかまわない。うるさいこと言わない他の人たちと仕事すればいいだけの話だ。彼らは、本質を見れない滅びゆく人たちなのだ。
これから
- 根拠のうすいマナーとかルールとか、過剰なセキュリティ意識を、適度にコントロールすることが、ITイノベーションの肝になるのだろう。保身ではなく、いずれにしても、本質を見ること。
- ベンチャーが勝つ道は、リスクテイク戦略しかないのだから。
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